何か決断や判断が必要だと感じた時に、あなたはどちらに舵を切るだろう?
違和感を感じながらも今の道を進む?
このまま進んでも先は見えないことが分かっていても息を殺して見ないふりをする?
私は「別の道」を選ぶことにした。
ただ、それを決断するまでには思っていた以上に長い時間がかかってしまったけれど。
「別の道」について、考え始めたのはかなり前だった。
一度消えかけた思いであったけれど、心に一度抱いた「違和感」は消えなかった。
長く長く継続してきたことだったから、そのまま同じ道を進んだ方が無難な人生になったかもしれない。
でも、そこに留まることをもう心も体も望んでいないことをハッキリ感じた。
このまま本当の気持ちに気づかないふりをして続けることはもうできないと心が叫び始めていた。
やって後悔するのは怖くない?
やらなきゃ良かった、と後で思うことへの不安はない?
決断するまで怖かったし、不安は完全には払拭できなかった。
でも、それよりも怖かったのはそのことではない。
あと5年後に「なぜあの時に辞める決断をしなかったのだろう」と想像することが一番の恐怖だった。
私は「やらずに後悔」はしたくないと思った。
やらずに後悔することより、やって後悔する道を選ぶことにした。
やらずに後悔は、きっと一生後悔し続ける。
あの時にどうして行動しなかったのだろう、なぜ?と自分をずっと責めてしまうだろう。
やって後悔は、たぶん後悔ではない。
後悔というより反省にはなるだろうが、判断力や行動力は「やらずに後悔」の日々よりずっと向上しているはず。
人生には何度も判断を迫られるシーンがある。
小さなことから大きなことまで、判断を間違えると命取り。
「やらずに後悔」はその判断能力さえ放棄してしまうことではないだろうか?
人生は思っているより短いけれど長い時間だ。
私は「やって後悔」する道を選んだ。だから全て自己責任。
私の人生は誰のものでもない。せめて残りの人生の舵は自分で取りたい。
自由になれるなんて思っていない。
だけど、辞める決断ができて自分の言葉で伝えることができてから心が軽くなった。
不思議なくらい迷いのないまっすぐな心がそこにあった。
だから、私は「やらずに後悔」する道を選ばなくて良かったと今思っている。
素顔の自分と向き合えているこの時が、とても貴重な時間だと感じているから。
決断までには長い時間がかかってしまったけれど、あと少しで自分の暮らしはまた大きく変化する。
1年前に想像していた時間とは違う時間が待っている。
止まっていた時間、動き出した時間。
1年先の今頃は、どんな日々を送っているだろうか?