片付け本の「型」に自分を当てはめすぎると、片付けが辛くなることがある。

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片付け・収納の出版物は数年前より増えたように思う。

シンプルからミニマムまで、いろんな暮らしの達人がいる。

片付け本は、私も好きだ。

すっきり片付いた空間で上手に日々を暮らしているお宅の写真を見ることは、とても刺激になるし、片付けへのモチベーションを上げてくれる。

しかし、そこに意外な盲点があることを忘れてはいけない。

 

お手本にしたい片付け本の理想の家は、本当に自分のスタイルに合っているだろうか?

 

例えば、間取りや家族構成が似ていると、片付け本のお宅のような収納用品や道具に買い換えれば片付けがうまくいくような錯覚を覚える。

 

今はネットでいろんな物がすぐ購入できる。

片付け本のお宅で使われているようなアイテムは殆どの場合、どこに住んでいても売っているお店さえ分かれば取り寄せできたり、注文できたりする。

アイテムを注文して届くまでは本当に待ち遠しいものだ。

実際に自分で店頭へ行き購入しても、家に持って帰るまでは「これで何か変えられる」という曖昧なワクワク感を感じることはできる。

しかし、同じアイテムを買って、同じように使ってみたのに、予想より効果を実感できないことは意外と多いのでは?

 

デザインや色は好きだけれど、本やブログで見た時には分からなかった使い勝手や重量感など。

片付け達人の愛用品、というだけで全てが自分の暮らしに当てはまる訳では無い。

 

間取りが同じ、家族構成が同じ。

それは、小さな一致にすぎない。

 

たとえ間取りや家族構成が同じでも、生活は全てが同じなんてこと、あるだろうか?

私は、それは「ない」と思う。

 

自分の生活にぴったり合いそうな理想の片付け本を見つけて、全てを実践したとして、自分にぴったりだ!と思ったとしたら注意してほしい。

 

片付け本の「型」の中に、自分を無理に当てはめてはいないだろうか?

 

窮屈や、イマイチ感を本当はどこかに感じているのに、本の通りならきっとうまくいくはず、と思っていないだろうか?

 

片付けには、もちろんお手本があった方が先に進みやすい。

でも、その本に出てくる達人達は、その場所にずっと留まってはいないはずだ。

そういう達人こそ、どんどん進化を遂げていく。

 

片付け本を数冊買ったことのある人なら、この意味を分かって頂けるのではないかと思う。

何故なら、

私も過去に「片付け本をお手本にいろいろ購入したことのある読者」だったから。

 

片付け本は、とても優秀、とても参考になる。

だからこそ、「良いとこ取り」でいいと思う。

きっと本の中の達人達も、それを快く許してくれるだろう。

いろんな片付けスタイルがあり、試行錯誤した成果が発表されていると思えばいい。

 

私の片付けと、誰かの片付けは、たぶん違う。

違うことが、大切なのだ。

 

だから、自分でスタイルを見つけていくしかない。

見つける途中は疲れるけれど、小さな灯を絶やさず持ち続けていけば、暗闇の先にも何かを見つけられるはず。

 

時間はかかるけれど、自分スタイルを見つけていこう。

「型」にはまった窮屈感、感じないフリは、もうやめよう。

誰かの片付けではなく、自分の片付けは、自分流でいい。

そうしないと、永遠にお手本を探し続けることになる。

探し物は、意外と自分の身近にあるかもしれない。

 

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