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急がば回れ。片付けは焦らずゆっくりマイペースが1番。回り道で使った時間はきっと必要時間。

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春のざわつき、心が落ち着かない。

GW前に片付けたい事が山積みにならないうちに手を付けなければ、、。

気持ちは少し焦りだしているけれど、思うように行動出来ないときもある。

気になっていたあれこれ、頭の片隅をずっと占領しているのに、次の1歩に移れない。

そんな今年の春を迎えているのは、私だけだろうか?

片付けを急いでも心が元気でない時は、その効果は薄いかも。慌てず焦らずマイペース、遠回りだって役に立つ。

頭の中では、片付けたい物もスッキリしたい事も分かっている。

行動に移れないときは、何か心に引っかかっている事があるのかもしれない。

 

その引っかかりは、片付けたい物の中なのか、それとも全く別の事なのか。

混沌とした気持ちを彷徨いながら、答えは明確に出ない。

何か1つ捨てたり処分したりしたら答えが出るかと言えば、そうではない。

心の引っかかりは、1つではなく複数の事もあるし、自分だけの問題ではないことも多いから。

暮らしは毎日動いていて、「固定」ではないのだ。

 

だから気持ちだって変動して当たり前。

ずっと同じ意慾を持ち続けたり、行動を続けるには大きなエネルギーが必要。

体は元気でも心に元気がない時は、無理矢理動いても効果は薄いと感じることが今まで多かった。

それはとても起爆剤のようでもあるけれど、長持ちはしない。

急な動きは進むのも速いようで、止まるときは急ブレーキがかかったり、

一気に済んだような気になってしまい、時間が経つと意識がそこへ行かなくなったり。

結果は早く見られるけれど、長いスタンスで考えると「片付け疲れ」を起こさせてしまう原因にもなりうる。

 

心は急に変われない、習慣もそう簡単には修正できないものなのだ。

急スピードが合っている人ばかりではない。

 

私は片付けを頑張り始めた頃、気持ちが乗らない時は「すごく頑張っている人」のブログを読んだり片付けの本や雑誌を見るようにしていた。モチベーションを急にあげてくれる人や物に出会いたかったから。

でも、今は違う。

ぜんぜん頑張れない時に「すごく頑張っている人」を見るともっと気力がダウンしてしまうのだ。

これは年齢的なものかもしれない。

アラフィフの今、体の調子も大きく変っている。

「更年期」の入り口に立ってしまっている現実を知ったこの1年。

以前より片付けのペースがダウンする期間が長いことも分かってきた。

これまでの数年とこれからの数年、同じようにモチベーションを保つ事は難しい。

 

今年の春に感じているこのどんより重い気持ちと体。

これが今の私だから、今に合った片付けでいいのだと頭の中で繰り返す事が増えた。

 

体は相変わらず重いけれど、昨日午後は気になっていた書類の片付けをした。

完全ノープランで、どこまでやろうとか全部スッキリさせようとは考えずに、心の赴くままに「要・不要」の判断をしてみた。

 

気持ちが不安定な時に、書類の整理なんて出来るんだろうか?と自分でも半信半疑でスタート。

やる気が出なければ、1ファイル目ですぐやめようと思っていた。

ところが実際スタートしてみると、結果は逆だった。

 

気持ちが沈んでいる分、書類に対して執着心が薄くなっている。

のんびりと慌てずに手を付けたのに、「要・不要」の判断が早い。

1ファイルはすぐに片付いて、30分ほどで5ファイル完了。

全部捨てた訳ではないけれど、たぶん元気な時だったらもっともっと真剣に1枚に向き合って時間がかかったはず。

沈んだ気持ちと重い体は、「不要」なものを知っている。

もっと沈みたくないから、軽くなりたい気持ちの方が勝って、あっさりお別れできるのだ。

出てきた不要な書類は、殆どがリサイクル行き。

つまり、重要書類はあまりなかったということになる。

のんびりゆっくり着手しても、しっかり結果は出せるものなのだ。

 

1日の流れは毎日同じではなく、人の心も体も1年ずっと同じなんてきっと無理。

片付けたい事があって、処分したい物が分かっていれば、急ぐ必要はない。

 

急がば回れ。

回った時間は無駄ではなく、損もしていない。

回った時間に費やした気持ちは、必ず結果を残せるパワーを残している。

 

気持ちが沈んで、片付けが滞っても、たぶんそれは必要な時間。

回り道をすることも大切なこと。

 

マイペースでのんびり、ゆっくり。

これからの私の片付けは、回り道から繋がっていきそうな気がする。

 

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