【気持ちと向き合う】彼女は太陽の人だった、私はずっと月の人

HIRO92_tukinomieruoka-thumb-1000xauto-18044-min

片付けは、物と向き合うだけではない。

心や気持ちを整理しなければならない時がある。

逝ってしまった友人は、「太陽の人」だった。

初めて会った瞬間、彼女の放つ光が眩しくて、目をこすりたくなった事を、今でもよく覚えている。

決して華やかな美人とか、煌びやかに着飾っていた人ではない。

あの光は、本人の持つ「生きるパワー」だったのだろうか。

彼女は太陽のような強い光を放つ人だった。

スポンサーリンク

納得できるまで、心と向き合っていい。その時間が、自分を強くしてくれるから。

一方、私は「月の人」だ。

「太陽の人」の前では、眩しくて自分が消えてしまう。

小さい頃から何となくそれを感じていて、太陽の人と親しくなる事はなかった。

子供を産んで母親になってからも同じ。

我が家は、夫も息子も「月の人

息子が3歳の時に、私は彼女と出会った。

彼女に会ってから、人見知りが激しかった息子に変化があった。

彼女に遊んでもらう機会が増えると、それがはっきりわかった。

笑顔が増えて、人との交流を楽しむようになった。

私も気づいたら少しずつ変わっていた。

「月の人」であるのは変わらなかったけど、「太陽の人」を避けなくなった。

太陽の人と一緒にいると自由である自分がそこにいた。

彼女にその事を話した事がある。

「あなたは太陽の人、私は月の人。一緒に輝く事はできないけれど、お互いを補える。他人からは正反対に見えても、不思議にバランスがいい」

太陽の人、月の人

彼女はこのフレーズを気に入ってよく使ってくれた。

もう彼女はいないけれど、頭の中でいつでも声と光を思い出す事ができる。

でも、思い出して泣く事は、ずっと前にやめた。

気持ちには、私なりに「片を付けた」と思っている。

彼女は太陽の人、悲しみ続ける事を望まない。

私は今も「月の人

弱い光だけど、いつでも太陽の真後ろにいる。

太陽が輝けない時は弱い光で補える。

あなたにもいるかもしれない。

太陽の人、月の人。

月の光は弱いけど、それでも頑張って誰かを優しく照らせたら、役に立てたらいいなと思う。

気持ちに向き合う事は、辛いことも多い。

でも、そこに片を付けないと前には進めない。

「捨てる」のとは違う。

納得できるまで、心と向き合っていい。

その時間が、自分を強くしてくれると、今は思える。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク