「子育て」と「片付け」 心が疲れた時は、階段をイメージしてみる

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我が家には、高校生の息子が一人いる。

青春盛り、伸び盛り。

部活に夢中で、まだ6月なのに既に日焼けで真っ黒だ。

片付けと子育ては一筋縄ではいかない。子育てをして初めて分かったことも多い。

子供の成長とともに、荷物もどんどん増えていく。

小さい時は、母親が持ち物の数を把握して管理する事もできるが、中高生になるとそうはいかない。

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「子育て」と「片付け」は階段を登るイメージで

持ち物を減らす、捨てるという片付けの方法が当てはまらない事が多発してくる。

それは持ち物の事に限らず、日々の場面にでも突如やってくる。

子供も、しっかりした意思を主張してくる。

「対立」もある。

ルール作りは早めにしておいた方がいい。

対策を立てていても、時間の流れと共に変化に対応しきれず方向性を見失う事もあるから。

「子育て」と「片付け」は、時間がかかる。

理論だけでは片が付かない。

でも、最後は終わりが待っている。

子供は成長し、自分の人生を歩む。

片付けは、目標に達する事ができたら、そこからは自由だ。

もし、その時点で足元を見たら階段が見えるかもしれない。

一段づつ自分の足で登ってきた階段。

階段は、細くて華奢かもしれないし、丈夫でしっかりしているかもしれない。

途中で気づかぬうちに降りていた時があったかもしれない。

でも、最後の段を自分で踏みしめる事ができる、自分だけの特別な階段なのだ。

同じ階段はない。

比べる事はできない。

私は、まだまだ階段の途中。

足元がふらついたり、登るのに疲れたり、座って休んだままの時もある。

最後の階段に辿り着いた時、どんな景色が見えるだろうか。

どんな気持ちになれるのだろう。

子育てや片付けで、心が疲れた時は、階段をイメージしてみる。

一段づつ、何かクリアできたから今の段がある。

疲れた時は、階段に座って休んで、少し心が軽くなったら、それでいい。

また登り始めたら次の段がそこにある。

最後の段に立った時、見えた景色は自分の宝物になるだろう。

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