「ママ友」はいらない、「大切な友人」がいればいい

PAK88_coffee-thumb-815xauto-18009-min

新学期が落ち着き、子供達だけでなく、親も人との繋がりが多くなる時。

うちの息子は現在、高校生。

この子のおかげで、今まで沢山の「出会い」と「別れ」の時があった。

楽しい事、辛い事、自分一人では経験できなかった貴重な体験を「母親」としてさせてもらえたこと、今は息子にとても感謝している。

それは、現在も進行形。

子供と親が集まれば、いろんな繋がりがある。

ママ友」という言葉が出てくるのもそういう場面からだ。

スポンサーリンク

私には「ママ友」と呼ぶ人はいない

そもそも、

ママ友」の正確な定義は何だろうか。

「ママとしての友達」??

あくまで「ママ」という単語が先なのだ。

」の「友達」、とは微妙に違う。

「知り合い」より深入りしてしまうのが「ママ友

面倒なことはその時点から発生しはじめてしまう気がする。

私にも、かつて「ママ友」がいた。

ママ友とは、なかなか難しい問題が多かった。

正確には、複数形の「ママ友」だったが、、。

「ママ友」という言葉は、重かった。

幼稚園時代までが、一番厄介だったと思う。

誰もが、子供を通して、限られた環境の下で、「新しい大人の友達」を作るのだ。

「大人の友達」とは言っても、共通項が「子供」だけの場合だってある。

趣味、性格、個性など、自分に合っていると思って選んだ訳ではないことで、その関係は微妙。

子供同士が仲良い時はいいが、そうでなくなった場合、急に「ママ友」とは違う「知り合い」になったりもする。

私はママ友だった人達と、うまくいかなかった。

相手は私に「理想のママ友」である事を強いた。

彼女達の要望に応える事が無理だと分かったから、「理想のママ友」にはなれない事を告げた。

その時に、自分の中にあった「ママ友」というカテゴリーも削除した。

だからそれ以降、私に「ママ友」はいない。

いろいろあったけれど、

あの時、自分から正直に気持ちを伝えられたことを後悔していない。

そのことで嫌な気分になったりもしたけれど、子供はすくすく育ち、私にもその園がきっかけで現在も続いている「友人」ができたから。

ママ友ではない「大切な友人」は、自分の意思で作る事ができる

私には「ママ友」と呼ぶ人は今も1人もいないけれど、友人はいる。子供がきっかけで「知り合い」になり、子供が大きくなってからもその関係が続いている。

その人達は、私の「大切な友人」だ。

けして「ママ友」としては付き合ってこなかったのに、地域の知り合い、学校の知り合い、から「大切な友人」になる事だってあるのだ。

私は今もママだけど、

「ママ友」はいらない。

しかし世の中にはその役割を欲している人が沢山いる。

新学期は一年で1番アプローチが増えるとき。

高校性の母親という立場でもまだアプローチは減らないが、季節の変化とともに静まっていくだろう。

もしかしたら、そこから、始まる友人関係もあるかもしれない。

「友人」を作ることを放棄したのではない。

大切な友人」は、突然やっては来ない。

「知り合い」から「友人」へと進むステップ。

大切なステップ。

そのステップを大事にしたいと思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク