LINEをやめて3年目の春、再びLINEを始めることにしました。その理由とは?

LINEをやめてから、ちょうどこの春で3年目になる。

この春は、子供の受験→卒業→大学入学という節目となった。

親子共々、いつもの何倍のエネルギーを使ったことだろうか。

人との交流も、別れと出会いの両方がMAXな日々。

この日々の中でいろいろ感じた事があり、この春、LINEを再び始めることにした

LINEをやめた3年間で分かったこと、LINEを再開して新しく感じたこと。

いろんな意味で区切りの今、正直な気持ちを書き残しておきたい

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LINEをやめた3年間、得られたものは「人間関係を見直す貴重な時間」

このブログに、3年前にLINEをやめた経緯とその後の経過を書いている。

人間関係に弱い自分が嫌になり、自分の弱点と気持ちの整理のためにLINEをやめた。

やめた3年間、人とのコミニュケーションをあえて減らし、今後の暮らしと自分を見つめ直すことを選んでみた。

LINEというツールの優秀な機能のために、逆に辛くなった自分がいた。

約2ヶ月前に、「LINE」をやめた。 とても便利なコミュニケーションツール「LINE」 私も一年半前から使っていた。 ...

今思い返しても、この3年という時間はとても大切で必要な時間であった。

3年後の今、あんなに弱かった私はもういない。

人の誘いも悩まず断れるようになった。

「その人に会いたいか?会いたくないか?」

心に問いかけるとスムーズに答えがすぐ出るようになった実感が大きい。

「人からどう思われたいか?」とか、そういう事も考えなくなった。

表面から見えない事を憶測することをやめたら、心がとってもラクになることも覚えた。

誰かと気持ちを共有する努力は、あえてしなくても自然にまかせていいのだと自由な気持ちを持てるようにもなった。

一人でいる時間を増やせた事で、自宅の仕事も軌道に乗り、2つの仕事をあえて1つに絞るのもやめ、両方の仕事を現在も続けている。

私は私、人と同じでなくていい。

これが、この3年間で得ることができた答え。

LINEをやめたから得られたという訳ではないけれど、

3年前あのまま曖昧でモヤモヤした気持ちを人間関係に持ったままでは得られなかったこと。

気軽にコンタクトがとれる環境(LINE)を減らした意味は確実にあったのだ。

習慣はすぐには変えられないし、人はそう簡単には変わらない。

私には3年という期間が必要だった。

LINEを使わなくても現実には何も困らない。でも、相手に迷惑をかける機会が増えてしまった現実

しかし、自分の周りの状況は少しずつ変化し動いている。

変化はこの1年で加速した。

LINEをやめてから、携帯のキャリアメールとGmailなどのフリーメールアドレスを用途別に使い分け、私自身は何も困っていなかった。

でも、少しずつ連絡してくれる相手に連絡の手間をかけさせてしまう事が目立つようになり、その回数も増えてしまった。

集まり事の日程調整、写真共有、息子との連絡など。

それは、私がLINEをやめた3年前とは違い、LINEが人々の主たる連絡手段に浸透したからだ。

LINEを再開した理由は、本当に大切な人が分かったから

卒業と入学関連で決定的な出来事が2つあり、私はLINEを再開することにした。

1つめは、卒業式関係の集まりごとの日程調整、卒業式後の写真交換等で親しい友達のママに何度も連絡の中継をしてもらったり、画像添付の手間をかけさせてしまったこと。

2つめは、息子が大学進学で遠方に引越し、LINEでの連絡を希望していること。

そんな出来事が重なって、遂に3年ぶりにLINEを使うことになった。

LINEを再開し、現在は引越しして間もない息子との連絡がスムーズになりとても助かっている。

携帯メールよりLINE社会に変わった事を嫌というほど痛感させられた。

息子は友人の携帯番号も知らない場合も多い。LINE電話で済むからだ。

また、同じ高校から同じ大学に入学したお友達のお母様ともLINEで子供達の近況を話すこともできるようになり、遠くに行ってしまった分、知らない事も多くて本当にLINEの恩恵を実感中である。

LINEでモヤモヤする人間関係も過去に経験し、思い切ってそれを断捨離することで得られた事は多かった。

しかし、時の流れと周りの環境変化を無視しては得られた事も生かせすことはできない。

何より、

私がLINEを使わないことに拘るあまり、自分にとって大切な人を意図せずに遠ざけてしまっていた事実も知ったから。

1番胸に刺さったのは、息子の一言だった。

「お母さんがLINEしてないから、引越して何かすぐ聞きたい時に聞きにくい、、」

息子は当然ながら、18歳の男子。

LINEなら連絡しやすいけれど、携帯メールだと「わざわざ」という感じがすると言う。

この一言を聞いて、私は負けを認めることにした。

負けてはないけど、確かに負けだ。

ちょっと敗北感はある。

でも、私は負けを選んで、大切な人との関係をこれからも大切なままで保ちたいと思った。

息子だけではない。

子供が卒業しても、親だけで楽しく集まれるまでになれた仲間達とも大切に付き合いたい。

今までの連絡しにく状態でも文句言わず、今まで通りの関係を保ってきてくれた大切な人達に感謝して、私はLINEを再スタートさせた。

LINEをやめる前とやめた後、そして再開した現在。人間関係で成長した自分を見つけられた。

私にとって、LINEは何だろう?

3年前は、気持ちがモヤモヤして辛くなってしまう「弱い心の表れ」だった。

やめていた3年間は、自分と向き合う時間を作ための「象徴」だった。

再びLINEを始めた現在は、「単純なコミニュケーションツール」にすぎない。

LINEでモヤモヤを感じることもない。

あくまで、大切な人との連絡手段の1つであり、気持ちを左右される場ではなくなった。

年齢を重ねたこと、失敗を多くしてきたこと。

いろんな迷いやマイナスの気持ちも3年間で一つずつ向き合って、答えを出して、そして今の私がいる。

大人になってから、こんなに成長を感じられることがあるなんて。

人間関係に弱い自分に正面から向き合えたなんて。

完璧ではないけれど、成長した自分に「頑張ったね」と言いたい。

私には必要な3年間だった。ありがとう3年間。

LINEで人間関係にモヤモヤを感じていたら、それは自分の心と向き合うタイミング

LINEで人間関係にモヤモヤを感じる人は多い。

ツールが進化すれば進化するほど、心は本心を伝えにくくなる。

言えない事、言わない事。

それが増えると、モヤモヤはどんどん増えて自分を追い込むようになる。

自分がそうだったから、その気持ちが良く分かる。

でも、LINEでそういう気持ちを持った時にマイナスに考えないで欲しい。

それは自分の本心と向き合う絶好のタイミング。

1度モヤモヤを感じたら、モヤモヤは簡単には消えない。

自分が消すまで、モヤモヤは湧いてくる。

モヤモヤは自分が作り出してしまっている感情であることも知って欲しい。

モヤモヤを感じる相手はそんな気持ちは感じていない。モヤモヤを感じさせるような行動が平気でできるのは、それがその人にとっては自然体であるから。

会う前、会っている時間、会った後。 それぞれの時間に、モヤモヤを感じることがある。 時には誰か限定の1人だったり、特定の...

私はLINEをやめるという手段を選んだけれど、それが正しかったかどうかは分からない。

人それぞれ、置かれた環境は違う。

周りの環境も常に変化している。

LINEをやめたいと思ったら、LINEというツールをやめるのではなく、LINEに費やしていた時間や気持ちを切替えることを選択することから始めてみても遅くはない。

以前と違ってやめるリスクは大きくなっている。

自分の気持ちと向き合う時間を大切に。

そして、大切な人とのコミュニケーションは絶やさずに。

LINEを便利に使っていた人が急にやめるのは今となっては大変なことだろう。

やめた人にしか分からない心の葛藤もある。

やめずに今の気持ちが持てていたか?と言えば私の場合、答えはNO。

しかし、現在LINE環境を考えると一概にやめることが解決の道ではないと思える。

人がいて、人間関係があり、そしてモヤモヤも生れる。

気持ちと向き合うこと、けしてムダな時間ではない。

まずは、それから試してもいいのでは?

やめることが全てではなく、やめたいと思う気持ちに気づいた事がスタートだ。

私のLINE生活は、再び始まった。

そんないろんな出来事があった春。

今の気持ちは今しか書けない。

時は過ぎる。気持ちも変わる。

新しい環境が始まった。今年の桜の美しさをきっと忘れないだろう。

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